2019年度の研究実施状況

高橋 龍三郎

主な研究活動:
2019年度の調査研究については、(1)研究代表者としての考古学的調査・研究 (2)専門的知識の供与に関する調査 (3)分担研究者への指示、調整などがある。

(1)代表者としての考古学的調査:本研究の主課題である縄文時代中期から後期への移行過程の解明と社会変動について調査研究した。環状集落の解体に端を発する集団の分散化と氏族制社会の出現に関するプロセスを、集落論、土器論、遺物論の立場から資料を分析した。これらについて、高橋は今までの研究成果に基づいて学会などで講演し論文として公表した。4月に岡山大学考古学研究会第65回総会の記念講演(招待講演)で「縄文時代の土器生産と権威の発生―氏族社会の民族誌から見た土器型式の成立と流通―」を講演した。また地方教育委員会からの要請に基づき、10月に「エリ穴遺跡と縄文後晩期の社会―近隣諸県との比較からー」(長野県松本市教育委員会)、11月に「未開社会における耳飾の民族誌」(福井県あわら市教育委員会シンポジウム)などで講演し、論文などで公表した。

(2)専門的知識の供与に関する調査:本課題を遂行する上で必要な個別専門的知識につき、8名の研究者から最新の情報を提供してもらった。樋泉岳二氏には、縄文時代中期及び後期の東京湾を巡る漁労活動について、また新津健氏、今福利恵氏には中部高地における中期土器の動物把手の起源と展開について、会田進氏、寺内隆夫氏、水沢教子氏には長野県における動物形装飾の他に土偶、集落の変遷について、末木健氏には山梨県下の土器型式、縄文集落について教示を得た。また池谷信之氏に千葉県下の動物形土製品に関する蛍光X線による胎土分析を依頼しデータを得た。

(3)研究分担者との会議を2回開催し、研究の進捗状況について把握した。分担研究者の藤田尚准教授の調査(縄文遺跡に残る故病理学的痕跡の研究)につき、千葉市加曽利貝塚、福島県前田遺跡からサンプルを採取するにあたって担当者との調整をし、現場に立ち会って調査を補佐した。

【研究分担者への補助】

  1. 藤田尚氏の調査研究に関わり、福島県前田遺跡の土壌サンプルの採取。千葉市加曽利貝塚大型住居内部の土壌サンプル採取。
  2. 親族構造に関する調査・研究
    ①文献資料に基づき、非単系出自社会について調査した。
    ②文献資料に基づき、土器型式の成立と型式変化に関する調査を実施した。
    ③中期環状集落の構造と出自体系、婚姻システムについて検討した。
  3. 社会複雑化・階層化過程の調査
    ④祭祀(Feasts)について文献資料をもとに調査した。
    ⑤文献資料をもとに呪術や魔術などについて民族誌を調査した。

太田 博樹

主な研究活動:
縄文時代後晩期の人々のゲノム多様性データを得る目的で、千葉県市原市の3つの遺跡から出土した古人骨(計31検体)からDNA抽出をおこなった。MiSeqによるプレスクリーニングの結果、23検体で1%以上のMap率を得た。これらのうち、特に高いMap率を示した7個体のDeep Sequencingをおこない(using NovaSeq、in 2018年度先進ゲノム)、最大で28.3xカバレジの全ゲノム配列を得た。2019年度はこのデータ解析を数ヶ月に渡り実施した。この7個のmtDNA haplogroupは、アイヌに多いN9bが9割を占めた。新たに2019年度先進ゲノム支援へ送った9個体25ライブラリのシークエンス・データを2020年2月中にバックして受け取る予定。
千葉県市原市の縄文時代後晩期の遺跡、西広遺跡、祇園原遺跡、菊間手永遺跡、3遺跡出土の古人骨(頭蓋骨、側頭骨岩様部)のサンプリング(それぞれ2018年度、2018年度、2019年度に7、17、36個体)をおこなった。
それぞれ7個体、10個体、8個体から約5mm幅で側頭骨岩様部を切断し、限外濾過法のお一種であるGamba法により、DNA抽出をおこなった。
TapeStationによるDNAのquality checkの後、これらのNGSライブラリーを作製し、MiSeqによるprescreeningをおこなった。その結果、西広で9.38~47.98%、祇園原で0.01~43.86%、菊間手永で1.98~58.60%という、非常に高いMap率を得た。
2018年度先進ゲノム支援により、西広6個体と祇園原1個体のNovaSeqによるdeep sequencingをおこなったところ、1.5~28.3xカバレッジで全ゲノム配列を得た。7個体中、6個体のmtDNA haplogroupがN9b1、1個体がM7a2a2であった。
さらにprescreeningでのMap率をもとに、西広、祇園原、菊間手永の上位3個体、計25ライブラリを選び、2019年度先進ゲノム支援へ送った。


米田 穣

主な研究活動:
1)千葉県が調査研究した縄文時代資料を中心に、炭素・窒素同位体比でヒトと動物を比較して、集落によって動物との関係に特異性が見られるかを確認する。人骨については、草刈貝塚を中心に調査する。
2)多数合葬墓において、骨コラーゲンと歯の同位体比を比較することで、出自の差異を検出する方法の検討を実施する。市川市権現原貝塚と取手市中妻貝塚で資料を採取した。坂城町保地遺跡からエナメル質12点を採取した。
3)動物骨と人骨の炭素窒素同位体比を比較して、雑食のイヌとイノシシを比較して、イノシシに給餌した可能性を検討した。とくに埋葬イノシシ骨が2体検出されている向台貝塚で検討をすすめる。
4)エナメル質分析法の開発を、レーザーアブレイション法の先行研究を検討した。

(研究成果)
1) 昨年度採取した西広遺跡の散乱人骨について放射性炭素年代測定をすすめ、晩期層から出土した散乱人骨に後期人骨が混入していることを見出した。放射性炭素年代測定によって時期決定した資料で後期と晩期を比較し、先行研究で指摘された時期差は認められないことが見出した。千葉県中央博物館の協力を得て、草刈貝塚から30個体、矢作貝塚6個体、三輪野山貝塚9個体、余山貝塚41個体、中沢貝塚1個体、大寺山洞穴9個体から骨資料を採取した。聖マリアンナ医科大の協力を得て、菊間手永遺跡人骨64点を採取した。コラーゲンの抽出を開始し、順次、炭素・窒素同位体比を測定する。
2)市川市権現原貝塚人骨13点でエナメル質炭素・酸素同位体比を測定した。骨コラーゲンの炭素・窒素同位体比との比較から、食生活の変化について検討できることを確認した。
3)向台貝塚からイノシシ、イヌ、シカ、オオカミの骨資料を採取した。
4)前処理の有無によって、ストロンチウム同位体比が一致しない可能性が明らかになった。


藤田 尚

 縄文時代中期社会の解体と後期社会の成立に関する課題中期の社会構造、出自体系、婚姻関係が、後期にかけてどのように変革したのかを解明することを目的とする本研究課題において、近親婚による先天性異常の調査を行い、形態学的・古病理学的な見地からの社会変革を立証することを目的として研究を行った。
 先天異常症候群に含まれる疾患としては、以下が著名である。

  1. 1q部分重複症候群
    成長障害を伴うことから、乳幼児及び小児を中心に成人骨まで長管骨等の大きさ、頑丈性などに留意する必要がる。また特徴的顔貌(逆三角形の顔、大頭症、耳介の奇形など)、骨格系の異常を特徴とする。
  2. 9q34欠失症候群
    小頭症又は短頭症および成長障害。
  3. コルネリア・デランゲ症候群
    成長障害(身長ないし体重が3パーセンタイル未満)、小肢症、第5指短小又は乏指症を認める。
  4. スミス・レムリ・オピッツ症候群
    第2趾と第3趾の合趾症(合趾となっている部分が第2趾ないし第3趾全長の1/2を超える。)小頭症を伴う知的障害、成長障害(身長ないし体重が3パーセンタイル未満)、口唇口蓋裂を多発する。
    発掘された古人骨は破壊されていることが多く、形態学的な異常をすべて明らかにすることは不可能かと思うが、これらは言うまでもなく遺伝的な原因によるもので、現代ではその原因遺伝子が解明されている。従って形態学的な異常と共に、古人骨由来の染色体検査やゲノムレベルでの鑑別の可能性があり、正に本研究の主旨に大きく貢献することが期待される。しかし、研究対象となる古人骨の選定やアクセスに慎重を期しているため、本年は具体的な成果を上げるまでには至っていない。

そこで2019年度は「寄生虫卵」に着目し、縄文時代の寄生虫の痕跡を探ることを通じて、縄文後期・晩期における縄文人の健康状態、病原の把握に努める計画で研究を推進した。言うまでもなく原始古代社会においては、感染症・寄生虫症は最大の死亡原因であったと考えられている。寄生虫卵の検出によって、その遺跡の人びとの食性復元が具体性を以って可能となること。ある寄生虫が人体内に寄生した場合の疾患の発症及び病態、さらには死亡に至る確率等の大まかな算出などが可能となる。極めて重要な研究領域であると認識している。
そのためには、先ず寄生虫卵が要項な状態で遺跡に残存するかの検証が必要である。そこで現在発掘調査中である福島県前田遺跡および千葉市加曽利貝塚の調査に参加し、寄生虫卵を含むことが期待される土壌サンプルを採取し、光学顕微鏡下で観察した。

  1. 福島県前田遺跡におけるサンプリングと分析結果
    実施日:2019年7月18日
    サンプル土壌:黒色泥炭層、暗褐色土層
    サンプル数:11点
    適切な薬品処理などを経て9月に観察した。虫卵様の物質を150点ほど摘出し観察した。その結果、球形、不定形、弾丸形、楕円形などの形状の物質を捉えることができた。これらは微小な土壌由来の粒子やいくつかの花粉等を含むものであることが確認された。しかし、卵殻が不明瞭で内部の構造等を考慮した場合、これらを寄生虫卵と断定するには至らなかった。その主な要因は、サンプルを採取した場所が竪穴住居や木柱列が集中的に検出された場所で、本来的に寄生虫卵が検出されにくい場所であったことが考えられる。縄文時代のトイレ、もしくは糞便を堆積した場所でないと、検出しにくいことが最も大きな要因として考えられた。
  2. 千葉県千葉市加曽利貝塚にサンプリングと分析結果
    実施日:2019年9月13日
    サンプル土壌:加曽利南貝塚で発掘中の大型住居の覆土層。
    サンプル数:13点
    前田遺跡の際と同様な土壌資料の分析によって、9月に顕微鏡観察を行った結果、微小な土壌由来の粒子やいくつかの花粉等を含むものであることが確認された。しかし、卵殻が不明瞭で内部の構造等を考慮した場合、これらを寄生虫卵と断定するには至らなかった。主な理由として、大型住居という縄文時代では祭祀・儀礼が行われたと推定される「神聖な場所」では、常に施設内が清掃され、きれいに保たれていると推測されるので、寄生虫卵がまとまって検出されることは期待できない可能性が考えられた。

 しかしながら、縄文時代人のトイレの場所、即ちトイレ遺構については、現在においても詳らかではない。鳥浜貝塚、三内丸山遺跡、粟津湖底遺跡において、若干の寄生虫卵の検出報告があるが、ヒト由来か動物由来かが詳らかではない。このような学界における古寄生虫学(Paleoparasitology)の現状に鑑みて、古寄生虫卵の研究を推進することには、縄文時代のトイレ遺構の設置場所の解明や寄生虫における疾患および死亡率などの推定に大きな意義があると考えられる。次年度以降も根気強く継続し、新たで確実な知見を得るとともに、虫卵が発見された場合、その虫卵からのゲノム解読等を展開していくことも、本研究課題の主旨に大きく沿うものと考えている。