高橋 龍三郎
縄文時代研究の最大の課題の一つは、中期社会の解体と後期社会の成立に関する課題である。環状集落の解体がなぜ一斉に引き起こされたか、またその結果、なぜ後期の分散的で小規模集落に逢着したのか、議論が絶えないところである。気候環境の悪化や集落環境の悪化を要因とみる見方があるが、その細かなプロセスは解明されていない。それは社会内部に起こった現象であることが明らかで、内部要因から説明する必要がある。そこで中期の社会構造、出自体系、婚姻関係が、後期にかけてどのように変革したのかを解明する必要がある。
その過程で、後期の単系出自社会がどの様な理由で、どのように出現したのかを解明することが肝要である。それを次に掲げる三つのレベルから分けて研究する方針である。
- 考古学的に目に見える形で起こった現象を整理して、社会変動の方向性を正く把握することである。単系出自社会が出現して、考古学的には遺跡・遺構・遺物がどのように変革したのかを明確にすることである。おそらくは先祖祭祀を中核とする儀礼、呪術の盛行を背景とした外婚的な氏族社会(clan system)の実態が浮かび上がるに違いない。氏族社会内の交流は決してニュートラルではなく、同じ氏族同士の結束が強く、遠隔地間であっても強い絆で結ばれるので、情報の流れも決して一律ではない。したがって交流の質や程度にも差異が現れるので、それを考古学的に位置づけたい。氏族制社会の地域的展開が考古学的にどのように把握できるかを明らかにすることが必要である。また地域社会を形成する上で、血縁紐帯による親族組織の連帯と、婚姻紐帯に基づく連帯は。ともに地域社会の網の目を形作る上で重要な契機なので、それが物質文化の上でどのように反映するかを考古学的に把握したいと考えている。
- 千葉県周辺を地域社会として取り上げて、その地域内遺跡でDNA解析を集中し、具体的にどのような人員の交流と移動があったかを明らかにし、どのような婚姻が繰り返されたのかを明らかにする。おそらくは母系出自社会における外婚制に基づいた一般交換の痕跡が浮かび上がると推測されるが、配偶者の選択や移動について食性分析などを交えて明らかにする。また外婚制を生み出す契機となった社会的ストレスについて古病理学の立場から事例分析を実施する。
- これらの研究を総合化することによって、縄文時代後期の社会変動の実態が詳細にわたって解明されるに違いない。次にそれが中期社会の実態とどれほどかけ離れた社会であったのかを明らかにすることが求められるので、中期遺跡の実態についても明らかにしたいと考える。特に中期後半の中峠、加曽利E1式以降のDNA解析を充実し、血縁関係。婚姻関係の組織が後期社会にどのように遷移するのかを解明するための調査を実施する計画である。考古学的には、氏族社会の出現にむけた中期後半の動きを、先祖祭祀のありかたや集団の表徴の初期的な出現状況から明らかにする方針である。
縄文人が広く人類の一員で、万般において共通した普遍的特徴を分有するのであるならば、縄文社会は一般的な理論的な枠組みの中で理解できるはずである。考古学と社会人類学の成果を兼ねながら、最新のDNA解析の成果を交えて縄文社会の実態に迫りたいと考えている。
太田 博樹
古人骨からDNAを抽出してゲノム解析をおこなう古代ゲノム学は、近年、欧米の研究グループが盛んに成果を発表しています。ネアンデルタール人のゲノム解読などは日本でもよく知られているでしょう。私の研究グループは古人骨ゲノム解析を基礎に、過去に生きていた人々の移住、混血、集団構造、人口動態などを明らかにする研究を進めています。
米田 穣
古人骨のコラーゲンを抽出して、炭素・窒素の安定同位体比と放射性炭素年代を測定します。それによって、縄文時代の集団で食生活に個人差があったのか、外部からの婚入などを検出できるか、研究する計画です。また、ヒトと同じように埋葬されたイヌやイノシシなどの食生活を骨の同位体比から復元して、ヒトから餌を与えられていた可能性があるか、外部からの持ち込みの可能性があるかなど、を検証します。

藤田 尚
古病理学的手法による縄文時代人の親族構造等の構築
過去社会は現代と比較した場合、大変狭い地域の中で婚姻関係を繰り返していたと容易に推定され、それが極端となると、近親交配が進行し各種の遺伝性疾患を引き起こすことが多い。藤田はその点に着目し、縄文時代中期以降氏族社会とその形態が変化を起こしていることの理由の一つに、非常に狭い範囲での近親婚の結果、生物学的な種の保存の行き詰まりを生じていたのではないかと考え、これを本科研費で実証しようとしている。また、日本における各種の特異的炎症あるいは急性感染症・慢性感染症のルーツや罹患率を求め、各種のストレスマーカーの研究と共に、縄文時代人の健康度を推定も同時に行っている。これは研究代表者の高橋および分担者の米田、太田とも協力し、精度の高い研究を実践している。
池谷 信之
縄文土器の胎土分析には、混和される砂粒の鉱物を分析・同定する鉱物学的分析と、粘土の化学的な性質を分析する化学的分析がある。このプロジェクトでは蛍光X線分析装置を用いた化学的分析によって、千葉市内野第1遺跡出土の動物型土製品に一般の縄文土器とは異なる粘土が用いられていることを明らかにした。内野第1遺跡はこの地域の中核的な集落として機能して考えられているため、ここで製作された動物型土製品がトーテムを共有する周辺集落に分配されているかどうかが今後の課題となる。