2020年度の研究計画

高橋 龍三郎

考古学的な見地から調査・研究を進め、ゲノム解析、食性分析、古病理学の成果と照合するための準備を行う予定である。
現在進めている祇園原貝塚、西広貝塚の人骨資料のDNA解析と食性分析を最後まで進め、縄文後期の市原市、千葉市周辺地域のゲノム情報、食性について研究成果を照合する。同時に古病理学研究を進めて、縄文後期に特徴的な遺伝的劣性の実態を明らかにする。またそれに先行する縄文中期人骨のゲノム解析、食性分析に着手し、中期の実態を明らかにすると同時に、中期から後期にかけて、どのようなゲノム上の変化があったのかについて明確にする。並行して古病理学の検討を通じて、遺伝的な疾病や病理などについて明らかにし、中期から後期への変革に婚姻制度、出自制度の変革がそれらとどのように関わったのかについて結論を得る計画である。当初予想したように、中期環状集落の解体と小規模分散型の後期集落への変化が、行き詰まった婚姻連帯の変革や出自制度の変革を必要としたために惹き起こされたものであるならば、ゲノムや食性の変化に反映し、解析によって明らかにできるはずである。
それらのゲノム情報と考古学的研究成果を組み合わせて、縄文中期社会から後期社会への変革と、その理由について明確にする。そのために、考古学では集落の変遷、大型住居(建物)の機能などの分析から、祭祀・儀礼の盛行の実態を明らかにし、先祖祭祀・儀礼を中核とする宗教・信仰上の変化が氏族制社会への移行を示す証拠であることを実証し、氏族制社会の機能と役割から縄文後期社会について明確に位置づける。氏族制社会については、考古学上の証拠と社会人類学の知識を結合させ、オセアニアや北米などの民族誌データと比較しながら、同時にDNAデータと矛盾なく照合させることができるか検討する。
2021年度の予定するシンポジウムなどの具体化に向けて計画を立てる。


太田 博樹

縄文中期に栄えた環状集落が、縄文後晩期には消滅し、小規模集落に分散したことが知られている。
本研究では、縄文後晩期の千葉県市原市の縄文遺跡である西広、祇園原、菊間手永の3つの遺跡から出土した人骨のゲノム解析をおこない、ゲノム配列情報から集団内および集団間の遺伝的多様性を定量的に明らかにすることを目的とする。
2020年度は、3つの遺跡から残存DNA量が良好であった3個体ずつ(合計9個体)のDeep Sequencingのデータを解析する。

(予想される研究成果)
これまでに既に非常に高い残存DNAの割合(最大Map率58.6%)と精度(最大28.3xカバレッジ)を得ている。これは、ホモ接合/ヘテロ接合の区別が明確につく精度での全ゲノム配列決定を意味し、本州縄文人の参照ゲノム配列となることが期待される。

こうした高い精度であれば、3遺跡3個体ずつでも、それぞれの遺跡の集団内遺伝的多様性を定量化できる。さらに、1.5~3.0xカバレッジ程度に広く浅くより多くの個体でゲノム配列を決定することにより、3つの遺跡の集団間遺伝的多様性を定量化できる。つまり、3遺跡間の婚姻ネットワークを議論できる。さらに、先行研究の伊川津貝塚遺跡の縄文人骨ゲノムや船泊遺跡縄文人骨ゲノムとの比較することにより、日本列島の別の場所の縄文人との遺伝的関係を議論できることが期待できる。


米田 穣

1)2019年度に採取した千葉県から出土した縄文時代人骨160点からコラーゲンを抽出し、炭素・窒素同位体比を測定する。
2)中妻貝塚と保地遺跡のエナメル質で炭素・酸素同位体比を測定して、骨コラーゲンとの比較から、食生活が幼少期から成人期に変化した個体と変化しなかった個体について検討する。
3)向台貝塚から出土した動物骨からコラーゲンを抽出し、炭素・窒素同位体比を測定する。すでに測定済である同遺跡出土人骨ならびに他の遺跡から出土した動物骨のデータと比較検討する。埋葬イノシシ骨について資料採取を進める。
4)歯エナメル質のレーザーアブレーションによるストロンチウム同位体比が、前処理おこなった粉体と一致するか検討する。

(予想される成果)
1)広く比較することで、集落間の食生活の違いを検討する。これにより、他個体と異なる食性が示された場合、その出身地についての手がかりとなるか、検討する。
2)権現原貝塚で確認された、個体差が遺跡間でも共通する傾向であるかを検討する。食生活の個人履歴から出自集団についての新たな情報源となることが期待される。
3)埋葬犬骨、散乱犬骨と埋葬イノシシ骨の炭素・窒素同位体比の比較から、動物埋葬について新たな情報が得られると期待される。
4)ヒトのエナメル質におけるストロンチウム同位体比について、確実な情報をえるための前処理・分析系が確立できると期待される。
2020年7月から千葉県中央博物館で開催される縄文文化に関する特別展に協力する予定である。


藤田 尚

2020年度は千葉県内出土の縄文時代人骨、特に中期および後期の古人骨に関して、古病理学的視点から遺伝性疾患の有無やその出現頻度を重点的に調査する。資料としては、東京大学総合研究博物館、国立科学博物館、聖マリアンナ医科大学、千葉県を含む県内自治体を中心とする。但し、自治体保管の縄文時代人骨を除くと、大学等研究機関所蔵の縄文人骨は、これまで多くの形態学者によって観察がなされてきたものであり、古人骨の異常形態について新たに多くの発見があることは余り期待できないかとも思われる。重点的な観察項目としては、特徴的顔貌(逆三角形の顔、大頭症、小頭症、短頭症)、骨格系の異常(主として異常な発達障害および成長遅滞、小肢症、第5指短小又は乏指症、第2趾と第3趾の合趾、口唇口蓋裂)を中心に精査していく。しかしながら、先天性疾患の場合、科学的医療が無い縄文時代においては、流産、死産、出生後短期間での死亡が多発していたと考えられることから、胎児、新生児、乳幼児等の資料をどれだけ観察できるかが大きなカギとなる。しかし、運よく思春期から青年期まで生き残った個体に遭遇することができれば、世界的にも非常に貴重な資料であり、古人骨からの疾患を引き起こす遺伝情報が万一得られるとすれば、世界的にも例のない研究成果をもたらすであろう。
また、遺跡の土壌サンプリングについても継続し、原始古代における最大の死亡原因である寄生虫症(感染症含む)の実態を明らかにしていく。縄文時代においてはトイレ遺構の場所が確認できておらず、そのためもあり、寄生虫の検出は難しい。しかし、難しい困難な研究ほど、価値が高いものであることは言うまでもない。寄生虫研究は宿主が特定しやすいことから、動物遺存体が無い場合において、「何を食していたか」を探る極めて有効な手段であり、生食や十分な加熱がなされていたかどうかを探る視点からも意義深いものである。
2020年度は、上記のような計画に基づき、氏族性社会の復元に貢献する有意義な手掛かりを得るため、最大限の活動を展開する。